徳川家康の生母・於大の方が、城主・久松俊勝と再婚し、15年間暮らした城。その間、熱田や駿府で人質の身であった家康に、励ましの手紙や衣類を送り続け、後に家康の運命や人間形成に大きな影響を与えたと言われています。
また、桶狭間の戦いを控えた永禄3年(1560)年5月17日、於大の方と家康(当時、松平元康)はこの地で母子16年ぶりの感激の再会を果たしたと伝えられています。その後、坂部城は天正5年(1577年)に織田信長の家臣、佐久間信盛の手勢により攻められ、落城炎上しました。
現在は、城山公園となっており、石碑には、久松家先祖からの苦労を刻み伝えています。
坂部城址
さかべじょうし
知多エリア
住所 |
〒470-2212 愛知県阿久比町大字卯坂字栗之木谷32-1
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